∞あくありんぐ∞

混じり抜きを楽しむものは、衝動買いのことを“神の啓示”という

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ラベル熱帯魚の歴史?(2)

続きですwww
 
 
 
 
 

TF0846年
シングー川上流域にダム建設計画が持ち上がり、これに対して学生による反対デモが勃発した。

当時の国家保安局局長であったブライト・ビンテンは自身の保身を最重要視する人物であったため、自らの経歴に傷をつけようとするデモ行為に対して常に強硬に対処していた。
 
今回のデモは初めの内は比較的落ち着いたものであったが、ある学生の投石がきっかけで暴動へと発展した。
これに対して、強硬姿勢を貫いてきていた保安局側が、学生に発砲してしまったのである。
学生は火炎瓶や実験薬品等を持ち出し応戦し、大規模暴動へと発展した。
大学は2つの校舎が全焼し、死者21名、重軽傷者355名の大事件となった。
 
後に言う「シングーの惨劇」である。
 
 
 
 
 
これにより、民主化運動は一気に加速し、「失われた30年」と呼ばれる時代へと突入してゆく。

今まで市民からも反社会的組織として卑下されていた「アルアナの夕焼け」に対して、理解者や支援者が増えていき、資金力を得た組織はその行動も過激化の一途をたどった。

後に、ダニオ・エリスミクロンは当時のことを振り返り「暴力で変えたものは、暴力で潰される」と語った。
 
 
 
 
 
 
 
 
激しい民主化運動の中、様々な悲劇的物語が生まれた。
中でも有名なのは、スキアータ家の話である。
スキアータ家は下級貴族であったが、卑しい心は持たず、良心的な領主であり、市民からも慕われていた。
そこの第一子トリファもまた、幼きころより、市民と交流を深め、多くの友人を持っていた。
だが、民主化の波はスキアータ家にも襲った。
他の地域から来た過激派メンバーは、貴族というだけでスキアータ家を攻撃するようになった。
トリファは家族を守るため、過激派と戦い、市民の友人たちの協力もあって、過激派を撃退することに成功した。
そのことを知った中級貴族のディアマンテ家は、トリファの英雄的行動を褒め称え、婚姻の申し出を行った。
ディアマンテ家の息女アルコ・アイリスは虹のように美しいと評判で、誰もがその婚約を祝福した。
だが、トリファには幼きころより共に育った、使用人の娘リコリス・グラミーと恋仲にあった。
身分の違い、自分より上級の貴族からの申し出、スキアータ家の次期領主という立場・・・
二人は悩み、苦しみ、心中の道を選んだ。
彼らが飛び込んだギアナ湖には、毎年ユリの花が咲き乱れる。
これはアルコ嬢もまた、トリファを心から愛していた証だと語られている。
この話は「アイリスの涙」として、悲恋オペラの傑作として今でも公演されている。
 
 
 
 
 
 
 
 
TF0849年
グァポレ地方の上級貴族パンドォーロ家において、火災が発生し、当主ともども焼死した。
3日後、「アルアナの夕焼け」より犯行声明分が発表された。

これにより帝国側も反帝国組織を無視できる状態でなくなり、民主化運動鎮圧に軍が乗り出すこととなった。
後に、この火災は失火であることが判明した。

当時の「アルアナの夕焼け」の実行隊長ハラルド・シュルツィは、一向に変わらない貴族社会に苛立ちを感じていた。
また、「ハイフェソ・ブリコン」や「カラキ・ディウム」などの同様の反帝国組織が乱立していたことにより、自らの組織の存在感を示すことに躍起になっていた。
そのため、この火災を利用したものと思われる。
実際、これによりハラルドは組織の中において一目置かれるようになり、「アルアナの夕焼け」の名を知らぬものはいなくなったという。
 
 
 
 
 

TF0856年
この時期には、もはや内乱の様相を呈しており、貴族の中にも反帝国組織を支援するものが出始めていた。

シュトライフェン家のパラレル少尉はその代表格である。
軍の備品係を任していたことから、反帝国組織に多くの重火器を横流ししていた。
その際に金品のやり取りがあったかは不明である。

避暑地で家族と過ごしているところを、憲兵隊に反逆・横領罪で逮捕された。
無実を訴えたが聞き入れてもらえなかった。
ただし、彼が投獄されることはなかった。
刑務所への移送中、輸送トラックと衝突事故が発生し、死亡した。
ちなみにこの時輸送していたものが小麦粉であったことから、「夏のホワイト・スポット騒動」と呼ばれた。
 
 
 
 
 
 

TF0860年
このころには反帝国組織の在りようが変わりつつあった。

個々に破壊活動等を繰り返していた組織体同士が協力関係を結び、統制の取れた戦略を模索するようになった。
ただし、「アルアナの夕焼け」のハラルド・シュルツィは組織のトップの座に固執しており、他の組織との確執が生まれ始めていた。
 
この年の暮れの明け方、朝刊をとりに出たハラルドは一発の凶弾に倒れた。
軍による暗殺説、他の組織による暗殺説、「アルアナの夕焼け」の内部犯説等さまざまな憶測を呼んだが、犯人は不明である。
 
 
 
 
 
 

TF0871年
反帝国組織は、オリノコ地方においてアマパ・エンシスを初代大統領として「カラ・シン同盟国」を建国した。
しかし、これは一方的な独立宣言であり、シクリッド帝国は認知していない。
そこで、兼ねてより隣国の小国アナバス共和国とひそかな連携を図っていた。

アナバス共和国はもともと少数民族の集まりであったが、現在においては議会制民主主義のもと国家体制を維持している国であった。
そこのマクロス・トマ首相と「インフゾリア協定」を結び、国家の地盤作りに努めた。

ちなみに、アナバス共和国との橋渡しをしたのは、ギルドでの商売で付き合いを持っていたオトシン家である。
 
 
 
 
 
 

TF0876年
シクリッド帝国とカラ・シン同盟国の始めての国家間戦争が勃発した。

「第1次スリナム会戦」
 
帝国側は、冷静沈着で、人望も厚いカカト・オイデス元帥、後に猛将と呼ばれるナンナカラ・アドケタ大将、マック・マステリー大将、アガシ・ジィー中将である。
彼らは後の皇帝ヴィーヘルミー1世のもとで「ドイツブ・リードの七元帥」と呼ばれるものたちである。

同盟国側は、後に「双璧」と謳われたワイツ・マニー大将とコペ・ランディー大将である。
また、参謀には「奇術師」エラコ・カラックスがいた。
「奇術師」と呼ばれるように彼は奇策、特に陽動・奇襲を得意とし、両大将が「双璧」と呼ばれたのも、ひとえに彼の頭があってこそといわれている。
 

この後、「スリナム会戦」は第6次まで行われ、ガイアナ、ラプラタ、メタと戦域は拡大していった。
 
 
 
 
 
 
 
 
そして・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
TF0933年
シクリッド帝国ヴィーヘルミー3世とカラ・シン同盟国第21代大統領ベック・フォルディ、アナバス共和国第49代首相シン・プレックスが国境の小都市アレンカーにて、初めて会談に及ぼうとしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最後まで、読んだんですか?
・・・暇ですね(爆)
 
いや、ありがとうですwww
 
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  1. 2012/01/08(日) 23:28:19|
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